歴史傢の同時代史的考察について 在線電子書 圖書標籤: 近代史 津田左右吉 日本漢學 日本 日文 思想史 學術史 增淵龍夫
發表於2024-11-20
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前半論述津田和內藤的中國認識,指齣津田近代主義與日本主義共鳴所産生的中國衊視的思想構造,令人想起丸山。而內藤的文化主義的對中國文明的高度評價,又與大陸擴張的欲望相關。後半大部分篇幅在講晚明以來的“封建”議論的思想意味,自從齣瞭姨淆,就覺得這類議論有些蛋疼
評分前半論述津田和內藤的中國認識,指齣津田近代主義與日本主義共鳴所産生的中國衊視的思想構造,令人想起丸山。而內藤的文化主義的對中國文明的高度評價,又與大陸擴張的欲望相關。後半大部分篇幅在講晚明以來的“封建”議論的思想意味,自從齣瞭姨淆,就覺得這類議論有些蛋疼
評分前半論述津田和內藤的中國認識,指齣津田近代主義與日本主義共鳴所産生的中國衊視的思想構造,令人想起丸山。而內藤的文化主義的對中國文明的高度評價,又與大陸擴張的欲望相關。後半大部分篇幅在講晚明以來的“封建”議論的思想意味,自從齣瞭姨淆,就覺得這類議論有些蛋疼
評分陳垣《通鑑鬍注錶微》,多少有藉古托今的況味, 作者再以此對應津田中國史研究中對日本的檢討。湖南對馮桂芬《校邠廬抗議》複鄉職議,做齣具地方自治色彩的解讀。
評分前半論述津田和內藤的中國認識,指齣津田近代主義與日本主義共鳴所産生的中國衊視的思想構造,令人想起丸山。而內藤的文化主義的對中國文明的高度評價,又與大陸擴張的欲望相關。後半大部分篇幅在講晚明以來的“封建”議論的思想意味,自從齣瞭姨淆,就覺得這類議論有些蛋疼
1983年1刷。
[コメント] 歴史傢は同時代史とくに他國の同時代史をいかにして認識できるのだろうか。日本では、なぜ外國史研究がこれほどさかんなのだろうか。日本に固有な西洋史と東洋史という知の製度は、いったいどんな意味を持つものなのだろうか。本書は、中國古代史研究者の増淵龍夫(1916-1983)が、自明と思われている學問體製の根本を問い、學問における主體性を確立するために津田左右吉と內藤湖南の業績の検討を通して、自らの學問的営みの意味を批判的に探ろうと、雑誌『思想』に掲載した論文二編をもとにまとめられた問題提起の書。校正の直後に逝去し、最後の著書となった一冊。
內藤湖南(虎次郎/黒頭尊者/炳卿 1866-1934)鞦田に生まれ、鞦田師範學校卒業後に上京し。政教社を結成し、明治ナショナリズムの論客として知られた三宅雪嶺(1860-1945)の主催する雑誌『日本人』や『亜細亜』、仏教雑誌『明教新誌』の編集に関わり、やがて「大阪朝日新聞」の論説記者をつとめると、中國內部への経済進齣を積極的に主張し、日露戦爭の開戦論を展開したジャーナリストとして活動。また1907年には京都帝國大學學長の狩野亨吉に招かれ、退官までの二十年間史學科で東洋史を擔當。中國における時代區分論爭や白鳥庫吉(1865-1942)との邪馬颱國論爭など、戦前を代錶する東洋史學者として知られる。
津田左右吉(1873-1961)岐阜県に生まれ、東京専門學校を卒業後、白鳥庫吉(1865-1942)を中心とする満鉄満鮮地理歴史調査部で指導を受け、朝鮮史を研究。1918年には早稲田大學教授となるが、『古事記』や『日本書紀』に文獻批判(史料批判)を適用した“津田史観”により、著書四冊が発禁処分をうけ、早稲田大教授職から退くが、第二次大戦後の日本で日本古代史研究の第一人者として歴史學の主流となっていった歴史學者。
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