契丹[遼]と10~12世紀の東部ユーラシア

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出版者:勉誠出版
作者:[日]荒川慎太郎
出品人:
页数:287
译者:
出版时间:2013-1
价格:2,940円
装帧:平装
isbn号码:9784585226260
丛书系列:
图书标签:
  • 辽金
  • 契丹
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  • 12世紀
  • 歴史
  • 考古学
  • 民族史
  • 東アジア史
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具体描述

10世紀初頭、唐滅亡の混乱のなかで建国された草原の王朝「契丹」。果たしてその実態はいかなるものであったのか―近年の石刻資料・出土資料の整備、文字資料解読の進歩により、飛躍的に進展しつつある契丹[遼]研究の到達点を示し、国際関係、社会・文化、新出資料、そして後代への影響という四本の柱から契丹[遼]の世界史上の位置づけを多角的に解明する。

契丹(遼)と10~12世紀の東部ユーラシア:多元的構造と交流のダイナミズム 【本書の概要】 本書は、10世紀から12世紀にかけて、広大なユーラシア大陸の東部に確固たる地位を築いた契丹(遼)王朝を中心的な視座としつつ、その時代における東部ユーラシア全域の政治、経済、文化、そして人々の交流の実態を多角的に描き出す、意欲的な歴史研究の成果である。従来の中国中心史観や遊牧民史観といった単線的な見方を超越し、この時代が持つ複雑で重層的な「多元的構造」と、それに伴う活発な「交流のダイナミズム」を解明することを目指す。 本書が焦点を当てる10世紀から12世紀は、東アジア世界が劇的な変容を遂げた時代である。唐の崩壊と五代十国の混乱を経て、中国本土では宋が統一政権を樹立する一方、北方の遊牧世界では契丹が勃興し、遼として強大な帝国を建設した。さらに、その東方には高麗( Goryeo)が存在し、西方には西遼(カラ・キタイ)の萌芽が見られ、中央アジアにも新たな勢力が台頭していた。本書は、この複雑な勢力均衡の中で、遼がいかにして周辺諸国および遠隔地と関係を構築し、独自の文化圏を形成していったのかを詳細に検証する。 【本書の構成と主な論点】 本書は、以下の主要なテーマに基づき、緻密な資料分析と考古学的知見を統合し、東部ユーラシアの動態を再構築する。 I. 契丹の起源と遼帝国の形成:辺境からの挑戦 第一部では、遼の基盤となった契丹の社会構造、遊牧文化の特質、そして石敬瑭による「児皇帝」としての地位確立から、漢地への進出に至る初期の政治動向を詳述する。特に、遊牧民の伝統を保持しつつ、いかにして漢字文化圏の制度を取り入れ、「二重統治体制」を確立していったのかを、官僚組織や儀礼の分析を通じて明らかにする。単なる征服王朝としてではなく、異質な文化要素を柔軟に統合する能力こそが、遼の持続力の源泉であったことを示す。 II. 政治的空間としての東部ユーラシア:宋・高麗との関係性 本書の核心の一つは、遼と宋、高麗との間の複雑な外交関係の分析である。澶淵の盟(1004年)以降、宋・遼間には緊張と安定が混在する関係が続いた。本書は、この関係を単なる軍事的対立としてではなく、経済的相互依存、文化の交換、そして冊封体制の周辺における新たな国際秩序の形成過程として捉え直す。高麗との関係においても、朝貢貿易と人的交流が、いかにして地域全体の安定に寄与したかを考察する。特に、両国間でやり取りされた碑文、贈答品、そして外交使節の記録に基づき、当時の「国際政治」の現場を再現する。 III. 経済圏の連結:交通路と交易ネットワーク 10世紀から12世紀は、陸と海の交易路が活発に機能した時代である。本書は、遼が支配したモンゴル高原から満州にかけての地域が、いかにして東西の経済動脈の中継点として機能したかを論じる。隊商の移動、主要な駅伝制度の分析、そして出土銭や陶磁器の流通パターンから、遼が単なる軍事国家ではなく、広大な交易ネットワークを管理・保護する経済的基盤を有していたことを証明する。また、西方のイスラーム世界や中央アジアの諸勢力との直接的・間接的な繋がりが、いかにして東部ユーラシアの物質文化に影響を与えたかを探る。 IV. 文化の諸相:宗教的寛容と信用の交響 遼の統治下における文化受容の柔軟性は特筆すべき点である。本書は、仏教(特に密教と禅宗)、道教、そして伝統的なシャーマニズムが共存し、時には融合する宗教状況を詳細に記述する。契丹貴族が埋葬習慣において遊牧的な要素と漢風の要素を併せ持つのは、彼らが特定の宗教に固執せず、実利と精神的な安寧のために多様な信仰を受け入れた証左である。また、契丹文字と漢字、さらには高麗や周辺民族の文字文化との相互作用を通じて、この時代の「情報伝達空間」の広がりを考察する。 V. 辺境の多層性:その他の勢力との相互作用 遼の強大な影響下にあっても、周辺地域は独自の発展を遂げていた。本書は、西方の西夏(タングート)や、後に金(女真)へと繋がる女真諸部族、さらに極東の渤海遺民の動向にも光を当てる。これらの勢力は、遼との緊張関係の中で自らのアイデンティティを形成し、また遼の衰退期には新たな勢力図を描く原動力となった。本書は、遼を中心としつつも、これら周辺勢力を無視した東部ユーラシア像は不完全であることを強調する。 【本書の意義】 本書は、過去の歴史学がしばしば見落としてきた、遊牧民と定住農耕民の文明間の「交差点」としての遼の役割を再評価する。それは、単一の文明が周辺を支配したという単純な物語ではなく、複数の文化、経済圏、そして政治的アクターが相互に作用し合い、絶えず新たな秩序を模索していた「交流のダイナミズム」に満ちた時代であったことを、確固たる証拠に基づいて提示するものである。東部ユーラシアの歴史を理解する上で、不可欠な視座を提供する一冊である。

作者简介

荒川慎太郎(あらかわ・しんたろう)

東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授。専門は西夏語、疑似漢字。

著書・論文に『日本蔵西夏文文献』上下冊(武宇林と共編、中華書局、2011年)、Словарь tангуtского (Си Ся) языка(E・I・クチャーノフ主編・荒川慎太郎副編『西夏語辞典』京都大学文学部、2006年)、「プリンストン大学所蔵西夏文仏典断片(Peald)について」Journal of Asian and African Studies 83(2012)などがある。

澤本光弘(さわもと・みつひろ)

会社員・早稲田大学朝鮮文化研究所招聘研究員。専門は渤海史・契丹史。

論文に「契丹の西北方面への進出状況と契丹大字研究史―「耶律延寧墓誌」をてがかりに」(『遼金西夏研究の現在(3)』東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所、2010年)、「契丹の旧渤海領統治と東丹国の構造―耶律羽之墓誌をてがかりに」(『史学雑誌』117編6号、2008年6月)、著書に『草原の王朝・契丹国〈遼朝〉の遺跡と文物』(武田和哉・高橋学而・藤原崇人と共著、勉誠出版、2006年)などがある。

高井康典行(たかい・やすゆき)

早稲田大学文学学術院・日本大学文理学部非常勤講師。専門は契丹[遼]史。論文に「十一世紀における女真の動向―東女真の入寇を中心として」(『アジア遊学』70、2004年)、「遼朝における士人層の動向―武定軍を中心として」(宋代史研究会編『『宋代中国』の相対化』汲古書院、2009年)などがある。

渡辺健哉(わたなべ・けんや)

東北大学大学院文学研究科専門研究員。専門は元代都市史。

論文に「内藤湖南によるモンゴル時代に関する史料の蒐集」(『中国―社会と文化』25号、2010年)、「元の大都における仏寺・道観の建設」(『集刊東洋学』105号、2011年)、「金の中都から元の大都へ」(『中国―社会と文化』27号、2012年)などがある。

目录信息

契丹史年表
一 契丹[遼]とその国際関係
十~十二世紀における契丹の興亡とユーラシア東方の国際情勢 古松崇志
世界史の中で契丹[遼]史をいかに位置づけるか―いくつかの可能性 高井康典行
五代十国史と契丹 山崎覚士
セン淵の盟について―盟約から見る契丹と北宋の関係 毛利英介
契丹とウイグルの関係 松井太
【コラム】契丹と渤海との関係 赤羽目匡由
二 契丹[遼]の社会・文化
遼帝国の出版文化と東アジア 磯部彰
草海の仏教王国―石刻・仏塔文物に見る契丹の仏教 藤原崇人
『神宗皇帝即位使遼語録』の概要と成立過程 澤本光弘
契丹国(遼朝)の北面官制とその歴史的変質 武田和哉
遼中京大定府の成立―管轄下の州県城から 高橋学而
【コラム】日本に伝わる契丹の陶磁器―契丹陶磁器の研究史的観点を中心にして 弓場紀知
【コラム】遼南京の仏教文化雑記 阿南ヴァージニア史代・渡辺健哉
三 契丹研究の新展開―近年の新出資料から
最新の研究からわかる契丹文字の姿 武内康則
中国新出の契丹文字資料 呉英喆
ロシア所蔵契丹大字写本冊子について 荒川慎太郎
【コラム】契丹文字の新資料 松川節
ゴビ砂漠における契丹系文化の遺跡 白石典之
チントルゴイ城址と周辺遺跡 臼杵勲
遼祖陵陵園遺跡の考古学的新発見と研究 董新林
【展覧会記録】契丹の遺宝は何を伝えるか―草原の王朝契丹展の現場から 市元塁
四 その後の契丹[遼]
遼の〝漢人〟遺民のその後 飯山知保
明代小説にみえる契丹―楊家将演義から 松浦智子
清人のみた契丹 水盛涼一
【コラム】フランス・シノロジーと契丹 河内春人
【博物館紹介】徳島県立鳥居龍蔵記念博物館 石尾和仁
· · · · · · (收起)

读后感

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用户评价

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初读这本《契丹[遼]と10~12世紀の東部ユーラシア》,我的心情是相当复杂的,因为我此前对辽代的了解,大多停留在教科书上那些相对扁平化的描述,知道它是一个由契丹族建立的、与宋朝并立的强大王朝,但总觉得缺了点“人情味”和深度。这本书的标题很明确地指向了那个宏大且充满活力的时代,以及欧亚大陆东部的广阔舞台,这立刻勾起了我对那个多民族、多文化交汇地带的好奇心。我特别期待它能揭示出,在漠北的草原与中原的腹地之间,契丹人是如何构建起他们独特的政治结构、社会生活乃至文化认同的。更吸引我的是“10~12世紀”这个时间跨度,这正是欧亚大陆从相对割裂走向紧密互动的前夜,我想看看,在丝绸之路的余晖和新兴力量的角逐中,辽朝扮演了怎样一个关键的枢纽角色,其与周边政权(如宋、西夏、高丽乃至更远的西域势力)的互动模式,究竟是冲突为主,还是复杂交织的利益博弈。这本书无疑为我们提供了一个从更广阔的区域史视角去审视“辽”的契机,而非仅仅将其视为中原王朝的“边患”或陪衬。我希望能看到对契丹贵族阶层日常生活的细腻描摹,以及他们对既有文化(如佛教、儒学)的吸收与改造过程,真正触及这个游牧帝国在定居与迁徙之间的微妙平衡。

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这本书的装帧和排版设计,给我的第一印象是严谨而又不失古典韵味,这在学术专著中是难得的平衡。我翻阅目录时,就被其中几个章节的小标题所吸引,它们似乎在暗示着对传统史观的某种挑战或补充。比如,关于契丹文字的使用频率和功能,以及他们在边境贸易中扮演的非官方角色,这些细节往往是主流历史叙事所忽略的“灰度地带”。我特别关注那些可能涉及物质文化和考古发现的章节,因为文字记载的局限性,很多时候需要依靠出土文物来还原历史的肌理。我设想,作者必然会深入探讨辽代的墓葬制度如何体现其社会等级和宗教信仰的融合,例如,在辽墓中发现的那些融合了汉地、奚族乃至突厥风格的器物组合,它们无声地诉说着一个跨文化帝国的真实面貌。此外,对于“东部ユーラシア”这个概念的界定,这本书似乎想超越传统“中国史”的范畴,将辽朝置于一个更大的草原——农耕文明的动态互动场域中去考察。我非常好奇,作者如何处理这种宏大叙事与微观考证之间的平衡,如何将那些散落在各处的史料碎片,编织成一个逻辑清晰、论证有力的历史图景,让人读来既能获得知识的满足感,又不至于陷入枯燥的史料堆砌。

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总的来说,这本书对我理解东部欧亚历史的帮助是革命性的,因为它迫使我跳出了长期以来以中原为中心的观察框架。它不仅仅是关于“辽朝”的一本书,更是关于那个特定历史时期,权力如何在多样化的民族与文化之间流动、重组和体现的一部生动案例研究。阅读过程中,我不断地在脑海中构建一个动态的“欧亚网络”模型,辽朝正是这个网络中至关重要的一个强大节点。作者在引用和梳理中外文史料方面的扎实功底,为他的论点提供了坚实的支撑,使得即便是最细微的推测也显得审慎而可信。对于任何对非汉族政权在中原周边兴衰感兴趣的读者来说,这本书提供了一个极佳的切入点,它没有提供简单的答案,而是提出了更多值得深思的问题,促使我们重新审视那些被我们习以为常的历史叙事。它是一面镜子,映照出那个时代复杂的政治生态、经济活力以及文化融合的深刻图景,让人读罢仍觉意犹未尽,亟待进一步探究。

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这本书的论述风格,相较于那些侧重于军事冲突或宫廷秘闻的通俗读物,显得更为内敛和学术化,但其引人入胜之处在于其对历史情境的重构能力。它仿佛带着我们走进了十世纪草原与农耕地带交界处的集市,去感受那种空气中弥漫的铁器、毛皮和香料的味道,去倾听不同语言的交汇声。作者在描述辽朝与宋朝的“岁币”问题时,并没有采用简单的“屈辱”论调,而是将其置于区域经济供需平衡和政治稳定成本的考量下进行分析,这使得原本脸谱化的历史人物和事件变得立体起来。我尤其对书中关于辽代佛教艺术和文化传播的探讨留下了深刻印象。佛教作为连接草原与中原、乃至更西方的精神纽带,在辽代扮演了何种角色?它是否被统治者用作合法化自身统治的工具?书中的论述似乎在暗示,契丹人对信仰的接受并非盲目照搬,而是在吸收过程中不断地融入自身对“天命”和“永生”的理解,形成了具有辽代鲜明印记的宗教表达形式。这种对文化深层逻辑的挖掘,远超出了对表层事件的简单罗列。

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读完前几章后,我最深刻的感受是作者在处理“认同危机”与“文化弹性”这两个议题上的高明之处。辽代,作为一个崛起于草原的政权,如何有效地管理和融合数量庞大的汉人、渤海人等定居群体,同时又保持自身的民族特性和军事优势,这是一个核心难题。书中没有简单地将契丹统治描绘成粗暴的征服或全盘的汉化,而是细致地剖析了其政治精英阶层在“南面官”和“北面官”体系下的权力分流与文化张力。这种双轨制的设计,本身就体现了一种高超的治国智慧——既能利用既有成熟的官僚体系,又能确保核心权力不被稀释。我特别欣赏作者对辽代法律和典章制度的梳理,它揭示了游牧民族的习惯法如何与儒家礼法发生碰撞与妥协。这种“共存”的模式,远比简单的“同化”或“对立”来得复杂和耐人寻味。这本书让我们看到,契丹并非一个孤立的存在,而是深度参与了东亚秩序的构建,他们的治理经验,对于理解后来的蒙元帝国乃至更晚期的边疆治理模式,都具有深远的启发意义。

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